会場に入ると八百屋のにおいがした。スーパーの野菜売り場よりももう少し強いにおい。ビニールでラップされていない野菜がごろごろと並んでいて、店の片隅には野菜の切れ端や少し古くなった野菜が転がっている。そんな八百屋のにおいだ。
会場2階には全身野菜でできた人形《エム・アイ・ティ・マン》(2008年)が展示されている。頭はカリフラワー、目鼻はパプリカ、腰にはバナナを下げ、足は少しくたびれたセロリでできている。鼻をかすめる八百屋のにおいのもとはおそらくこの作品だろう。この作品はイベールがマサチューセッツ工科大学(MIT)のバイオテクノロジー研究者と共同で実施した研究成果の1つで、体各部に必要な栄養素を持つ野菜をその部位につけて作り上げたものだ。例えば頭部につけられているカリフラワーは髪の毛を豊かにするのに効果的とのこと。この展示ではこのように植物・食べ物・生態系といった存在と人間の関わりをテーマにした作品群が展開されている。
本物の野菜を使ったこの作品に近寄ると、野菜の色がとても美しいことに気づかされる。新鮮な輝きを放つものもあれば、熟したり少し傷んだりしてくすんだ迫力のある色を見せるものもある。会場にかすかに広がる古びた野菜のにおいを吸い込みながら感じるのは、この美しい野菜たちの細胞のひとつひとつをいただくことで私たちの体が成り立っているのだという、植物と自分の身体をいとおしむ気持ちだ。
3階に上がるとそこは一面の草原になっている。作品名は《そよ風》(2008年)。展示スペースいっぱいに生い茂った草の中に1本の小道が作られており、鑑賞者はそこを行き来することができる。そうして部屋いっぱいの草いきれと、生暖かく怠惰でほんのりと郷愁を誘うようなそよ風を感じられる作りとなっている。鼻で、肌で、五感を広げて、イベールの言う「ちょっとエロティックな風」を味わうことができた。
4階には《飼育(ミツバチ/ミミズ/ハエ)》(2008年)の展示スペースだ。ミツバチは女王蜂のもと巣を形成しており、巣箱と壁の穴をつなげたパイプの中を行き来して会場の外へと自由に出られるようになっている。
忙しそうに飛び回っているミツバチがいれば、巣の下のほうで息絶えているミツバチもいた。今生きている(もしくは死んでいる)昆虫の生態そのものを作品として提示することはグロテスクさを併せ持ってはいるが、この作品は普段コンクリートに囲まれた環境で生活していると意識に入ってこないような小さな存在が組み合わさって大きな生態系というシステムを作ってくれているのだということを確かにはっきりと意識させてくれる。ミツバチが飛び出て行く壁の穴はミツバチの出入り口だけではない、鑑賞者の意識が展示スペース外の世界に広がる自然へと向かっていく出口なのだ。
この作品だけがそうなのではない、今回の展示作品の多くのものが動植物や土壌そのものを持ってきて見せるという、ある種の「荒業」で作られている。美術館という白い箱の中に再構成されたその生態系は一介の美術作品なのであって、生態系と呼ぶにはあまりに貧弱かもしれない。だがそれらは五感にビビッドに迫り、テレビや書籍などから体系だったわかりやすい知識をインプットすることとはまた違った印象を鑑賞者の心の中に残すことだろう。それが美術という行為の可能性の広がりであり、何より見る者の心に「たねを育てる」ということだったのだろう。
ちなみに会場に入ったところで出迎えてくれる作品が《テディ・ベアー》(2008年)なのだが、これは原題は”Ted Hyber”と表記し、イベールの名が入っている。このテディ・ベアーはまさにイベールの分身なのである。わらで作られた、熊の形をした案山子はぷっくりとした体でほほえましく、優しくゲストを出迎えてくれている。2008年の夏休みの思い出に、都会の真ん中で、生態系からの恵みによって生きている人間という存在を感じるのはどうだろうか。
Hana Ikehata
Hana Ikehata