美の玉手箱が開いた。昭和55(1980)年に奈良の東大寺に納経された全60巻の華厳経、そして東大寺の歴史にまつわる文化財が見られる展示が開催されている。
東大寺大仏殿では昭和55年に昭和大修理と銘打たれたプロジェクトが完成し、その落慶法要の納経のために当世きっての書家・画家・工芸家が競演して「大広方仏華厳経」60巻を写経した巻物が作りあげられた。華厳経という経典の宗教的な意味合いに理解が及ばなくても、昭和を代表する芸術家達の才気を結集させた芸術作品として十二分に楽しんで鑑賞することが出来るであろう。
出展品の中心をなすのが華厳経を写経した巻物であるが、1つ1つの巻を多くの書家が分担して写経している。書はよくわからない、と、食わず嫌いで敬遠している人もいるのではないだろうか。だが、書とは筆の動きという非常にシンプルな要素だけで勝負している表現であり、その研ぎ澄まされた単純さは清々しいほどの骨太な力強さを書という芸術に与えているのである。
「経を写す」という表現行為はおそらく様々な制約の中で行われるものなのだろう。しかし、1つの巻の中でもある部分では福々しい丸みを感じさせる字体で、またある部分では小川が流れるような典雅な字体で、と、紙と墨のみが使われているのにもかかわらず非常にバリエーションに富んだ書家の個性のコラボレーションが展開されているのを見ることが出来る。
また見逃せないのが、巻頭・巻末などにつけられている「見返し絵」と呼ばれる日本画の数々である。少し挙げるだけでも、東山魁夷・堅山南風・加山又造・上村松篁・奥村土牛・秋野不矩などの昭和を代表する日本画家の名前が並ぶ。経典の内容に即した絵が描かれているとのことであるが、画家各々の画風が一望できて、昭和という時代を映した絵巻物と呼べるのかもしれない。
展示を見渡して感じることは、それぞれの芸術家個人の自我を越えた一体感とも言うべき絆の存在であろう。もちろん、筆を持って書をしたため、絵を描く、という表現行為は芸術家の自我の発露そのものである。それに加えてこの東大寺の納経というプロジェクトに呼ばれたということは芸術家としてのステータスの確立に一役買うものであったであろうし、そこにその芸術家自身の「周りに認められたい」という自我が皆無であるなどということはおそらくないであろう。しかし、それでもなおこの展示室を満たす空気の中には、自分と自分の大切な人の安寧を願って東大寺を大切にしてきた名もなき数多くの人々の、連綿と続いた祈りの心を荘厳したいという芸術家達の想いが呼び覚まされているのが感じられる。経篋を手がけた漆芸家の松田権六が、多くの参詣者の足音を聞いてきたであろう大鐘の鐘楼の敷居に使われていた古材が、経篋として新たな役目を担うということに感動を覚えていた、という逸話も紹介されている。幸福でありたいと願う素朴な心、古の奈良の時代より時を超えて人々の間で共有されてきた想いに自分も連なりたいという芸術家自身の願いを感じることが出来る。
Hana Ikehata
Hana Ikehata