山下律子の絵に惹かれる。「惹かれる」という言葉で表現できる程はっきりとポジティブな感覚ではないのかもしれない。作品から発せられる磁力が見る者の足を止まらせる、「何かがひっかかる」、そんな不安感だ。彼女の作品は、白の油絵具を塗ったキャンバスをニードルで引っかいて線描し、その線に色をいれるという手法で作られている。いれられた色は単色であり、しかもそれほど濃くはない。それなのに画面の中に凝縮された存在感から目を離すことが出来なくなるのだ。
作品を見ているときに感じるそのような感覚に対するヒントは彼女と話している時に提示された。「壁紙のような存在の作品」、「素通りして、立ち止まってほしい」―そんな言葉が彼女の口から出た。
けばけばしく声高な表現手法を用いることをしないというのは確信あってのことなのだ。そして、作家の指先からつむぎだされる極めてプリミティブな要素である線というものを凝縮させた画面が人を否応なくひきつけるということも作家の想定内の出来事なのである。計算されたものか、直感的なものか。山下が画面上に表現してみせる線の集合―構造―の前に立ち止まるとき、見る者はすでに彼女の手の内に落ちている。
出展されている6点の油彩は働く人がいる風景が多かったように思うのですが、実際にいろんな場所に行かれて働いている人のいる風景を見た時、「働く人」に対してどんなことを思って見ていますか?
山下律子(以下、山下):人物はそんなに意識してなくて、工場なりオフィスなり、背景の雰囲気を重視している感じです。
「風景」が主役ということですか?
山下:そうですね、「風景」です。人物は実際にいる人たちなんですけど、それを変形させて作っています。
作品には、髪の毛がなかったりちょっと頭がとがっていたりする独特な人物表現がなされています。あれはどういった視覚効果を出そうとしているのですか?
山下:結構線が多いから、頭の部分で「抜いて」いる感じです。もし髪の毛をいれたら画面上うるさいかなという感じがして。そこを空間で抜いている感じの効果もあるんです。見る人によっては人物のほうが目に付いたり、キャラクターっぽく見られちゃったりすることが多いけど、あまりそういうことは考えてないですね。
気になる風景が見つかるのはどういう瞬間ですか?
山下:以前は普通に何も意識せず歩いていて偶然絵になる風景に出会ったときでした。ですが最近はモチーフを考えてからその場に取材にいっています。例えば今回展示している作品の中ではiPodの裏を研磨するステンレス工場の作品があります。やはり実際絵にするときに奥行きのある風景を選んでしまいますね。
今後の方向性としてはどんな作品を描いていきたいですか。
山下:今までの作品はまとまりすぎていたので、もう少しアンバランスな作品にしたいですね。今までは一箇所の風景を簡潔に仕上げていたのですが、もっとばらばらな風景を組み合わせて違和感のある作品を作ってみてもいいかなと思っています。
Hana Ikehata
Hana Ikehata