公開日:2007年8月25日

融点の揺らぎ「メルティング・ポイント」展

身も心も溶け合う静かな空間

街の熱気に疲れてしまったら、ひととき気をやすめて身も心も溶け合う静かな空間で作品の声に耳を澄ましてみるのはどうだろうか。

会場に入ると、まずジム・ランビーの作品がある。メタリックなテープで埋められた床と天井高のある広々した白い空間の中に作品が浮遊しているかのように設置してある。入った時は、カラフルに彩色されたインコの彫刻や、巨大な鍵穴、ミラー・ガラスの貼ってある椅子などが個々に目に飛び込んでくるが、テープが視覚に与える濃密さとそれをかき消すかのような虚無的な白い壁と天井、壁にかけられたペルシャ絨毯などを見ているうちに、日常と非日常が交ざりあい、いつしか空間を見失い足元が揺らぐような言葉にならない感情をおぼえる。

ジム・ランビー氏のアーティストトークの様子
ジム・ランビー氏のアーティストトークの様子
courtesy: the artist, The Modern Institute / Toby Webster, Ltd., Sadie Coles HQ and Mizuma Art Gallery
7月21日にジム・ランビー氏を迎えて行われたアーティストトークでは、人前で話すことの少ないランビー氏が制作に関わることや観客からの質問に答えており興味深かった。好きな音楽のタイトルから作品の題を決めることが多いということでレコードを日本にもたくさん持ってきているそうだ。作品にもライブの後の高揚感が感じられることを意識して制作しているという話だった。

渋谷清道《ミステリーサークル / 6番目の小さな海姫》 2007
渋谷清道《ミステリーサークル / 6番目の小さな海姫》 2007
courtesy: the artist
渋谷清道の作品は日本美術の伝統的な技法や素材を用いている。迷路のような細い通路と、茶室を思わせるような白い空間は、からだ全体をしんとさせるような、静謐さに満ちていた。作品を鑑賞しているのか、それとも作品の余白の中に立っているのかその境界さえ曖昧になりそうな気がしたが、同時に視覚を覆いつくす白い素材の中で感覚が冴え渡ってくるようなどこか不思議な気分になる。

エルネスト・ネト《それは地平で起こるできごと、庭》 2001/2007
エルネスト・ネト《それは地平で起こるできごと、庭》 2001/2007
courtesy: the artist, collection of Ernesto Neto
エルネスト・ネトが造り上げる造形は、皮膜のような柔らかな素材でできた作品が会場を占拠している、鑑賞者は作品の中に入ると、まるで記憶の奥深くの風景を辿るような体験をすることだろう。柔らかな素材の上に小石の固まりがいくつかおいてあり、海の波間に漂って耳を澄ましているような気分にもなった。そうして、精神の揺れに身をまかせているとからだの内側も外側もすべての境が意味を失っていくようで、身体感覚に訴えかけてくる。

いずれの作品も、固体と液体が交ざりあい共存する「melting point」という言葉が示すように、私たちの身体を、意識を、記憶を、時間を自在に融かしこみ、つかのまの安らぎを与え、心の深い場所へと沈みこんでいく。

Yukiko Ishii

Yukiko Ishii

神奈川県生まれ 日本大学芸術学部美術学科卒 アートとおいしいものが好きです アートで深呼吸 Let's respire together.