鳴子という土地は、温泉地としてよく知られる。ここには、鳴子漆器と鳴子こけしという、全国的にも知られる伝統工芸品がある。現在は時代の流れから、その職人の数は減少の一途をたどるばかりだが、今、その流れを変えようというユニークな動きが起っている。同地域に緩やかな活力を与えようとしているその動きは、JAPANブランド育成支援事業からはじまったNARUKOプロジェクトだ。同プロジェクトに参加する漆器職人の後藤常夫氏の元を訪ねた。
まず、鳴子漆器というものについてを教えていただけますでしょうか?
鳴子漆器は、約350年前、17世紀にはじまったものと言い伝えられているものです。その特徴は、木目の美しさを活かした塗りの技法です。木目の美しさを活かすような塗り方「木地呂塗(きじろぬり)」、顔料を加えていない漆を木地に塗りふき取る作業を繰り返して、木目を際立たせる「ふき漆塗」、朱漆の上に透漆をかけた「紅溜塗(べにためぬり)」などがそうです。鳴子漆器独自の塗りの技法としてあるのは、墨を流したような模様を描き出す龍文塗りです。鳴子漆器には、素朴な日用品としての良さがあると思います。私が、個人的に好きなのは木目の美しさが出る木地呂塗ですね。
日本には、各地に漆器の産地が残っていますが、その基本的な工程を教えてください。
漆器づくりにおいては、木地師と塗り師という職人がいます。私が従事しているのは塗りの方なので、私は塗り師ということになります。塗りの工程としては、木目の凹凸部分に錆を埋め込むように塗る錆付けというものがあります。その錆付けを何度も繰り返した後で、今度は凸部の錆を研いでゆき、木地の肌を細かくしてゆきます。その後は、中塗という工程です。ここではまず、細かい木地の目に合わせて漆の目も細かくしていきます。
そのため和紙を使って10回以上、漆を漉します。それを繰り返して、目が細かくなってきてからはじめて、
塗り作業に取りかかれるわけです。次にあるのは、中研と呼ばれる工程です。この工程では、漆器を回転させながら乾燥をさせ、その後、研ぎます。この中塗と中研の工程においては、塗っては乾かし塗っては乾かしということを繰り返して行うわけです。この中塗と中研の作業をどれだけ繰り返したかによって、漆器の仕上がりと透明感が変わってくるわけです。そして、最後の仕上げとなるのが上塗です。上塗の作業は中塗よりもさらに細かい漆を使って行う作業となります。
なるほど、漆黒の深みを見せるためには、いくつもの工程を経てはじめてできあがるわけですね。後藤さんは、これらの工程を修得するためにどちらかに弟子入りをされたのでしょうか?
私は十代中頃から、数年間、秋田県の漆器職人の工房に弟子入りしていました。中学3年生のときに、親の言いつけではじめてその場に連れていかれて、美味しいご飯とふかふかの布団を用意してもらって、そこに泊まった。そしたら、もう引き返せません。私は、図々しくないから、中学卒業と同時にそこに弟子入りをすることになったわけです。そこでの修行は厳しかったし、私も若かったから、そこからこっそり逃げ出して、鳴子行きの電車に乗ったことだってありました。だけど、途中で、喫茶店に入って考え直した。「このまま帰ったら駄目だ」って。それで、結局、5年間は、その工房で技の修得に励みました。
なるほど、それで違った産地の良い漆の伝統を鳴子という土地に持ち帰ることができたわけですね。
はい。私がラッキーだったのは、その工房でさまざまな塗りの技法を教えてもらえたことです。その種類は、約50種類ほどにのぼります。個人的には、「職人は見て盗んで技を覚えろ」ということよりも、ある程度の基礎は、手取り足取り教えてやらないと、本当に良い職人にはなれないんじゃないかと思っています。だから、若い人で真剣に学びたいという気持ちがある人には教えてあげたいと思っているんですよ。
ところで、現在、後藤さんはJAPANブランドの「NARUKO」プロジェクトにご参加されていますが、こちらについてご説明ください。
これは、鳴子という地域の伝統工芸品である漆器とこけしを組み合わせて、互いの技術を活かしたものづくりをしたらどうかということではじまったプロジェクトです。それらの特徴を組み合わせて、ロウソク立て、コーヒーテーブル、花瓶などの製品をつくってきたわけです。デザイン的な監修を宮城教育大学の桂雅彦教授が行い、木地屋が木地をつくり、漆器屋が漆を塗り、こけし職人が絵を描くという具合です。
同じ地域とはいっても、異なる世界の職人さんふたりがものづくりをしようというのは、勇気のいることですよね。
そうですね。漆もこけしも、どちらも数百年の歴史ある伝統工芸品ですから、それぞれプライドだってあります。漆器は実用品、こけしは玩具という違いもある。だから、最初宮城県商工会連合会から話をもらったとき、「どうして一緒にやらなければならないのか?」という想いがなかったわけではありません。それでも、どちらも職人の数が年々減ってきているわけですから、何もしないのではなく何かしようということではじまったわけです。でも、はじめてみると、予想以上の反響があるから、今では良い起爆剤にはなってくれるはずだと期待を寄せています。
なるほど、世界的なヒット商品になったり、伝統工芸を学びたいという後継者が出るようになったら面白いですね。
今も、後継者にうなりたいと志願をしてくる若い人というのがいないわけではないんですけどね。ほら、この手紙は、最近、送られてきたものです。宮城県在住の女性で教師をされている方から、「漆塗りの技術を教えてほしい」という申し出です。だけど、彼らがどこまで志が高いのか、そして、伝統品の産地にも彼らをどこまで受け入れて生活を支えてあげられる体力があるのかなど、考えはじめると、そう安々と彼らの願いを請け合うことはできない。でも、これからは、そう言ったことを十分に熟慮して、前向きに取り組んでいきたいと思っているんです。
同プロジェクトの各地参加者の生の声
樋口雅彦
新しいブランド NARUKOは、国の指定を受けている伝統的工芸品「鳴子漆器」と「木地玩具(伝統こけし)」が融合することで誕生したものです。1地域で2つの国指定の『伝統的工芸品』を抱える土地というのは稀です。しかも共に木材を用いるもの。ならば、2つの伝統工芸品が融合したなら、新しく面白い製品になるのではないだろうかと、発案されたものです。デザインを担当した宮城教育大学の桂雅彦教授は、この異なるふたつの素材に積み木の発想を取り入れました。そうすることで、デザイン的に無限大の組み合わせパターンが可能となったわけです。木材を扱う、長年培われた双方の技術を活かすと、日本に古来から存在する自然界との共生の概念LOHAS(健康と地球の持続可能性を意識したライフスタイル)のオーガニックなイメージと重なります。漆塗りの重厚さにこけし塗りの軽やかさが合わさると、不思議な世界が広がります。パリやニューヨークでの展示では、既にデビューを飾ったので、今後は、ここから新しい展開を探っていきたいと考えています。