まず、会場入り口付近には、天井に到達しそうな「柱」がある。《A tower of ruin》 と名付けられたこの作品は、セラミックのドーナツ型パーツが20ほど積み上げられることで成立している。2.8メートルの高さでありながら、決して堅固なタワーではないようだ。実際、各パーツの接触部分には微かな隙間さえ見える。 展覧会タイトルにみた「破滅」と「遺跡」の二重の意味は、この巨大な作品を観察することで微かに理解され始める。
また、入り口正面の壁にかけられた同じくセラミックのポートレート作品シリーズ「My shadows of ruin」には、ヴァージニア・ウルフやアラン・チューリングら、今は亡き「偉人」が描き出されている。 たしかに、これまでも山口は、絵画や陶器によって顔をモチーフに制作活動を展開してきた。とはいえ今回、著名な人物の広く知られた肖像写真が用いられており、各人を特定することは比較的容易である。セラミックの質感と土色が混ざり合った表面は、ウルフやチューリングといった、個別的な生をじわじわと想起させるのだ。これは「破滅」した都市を思い出させる「遺跡」のような機能ももっている。
絵画に移ろう。打ち捨てられた柱が散見される《Ruins》、そして大きく引き伸ばされた幼児が主役の大作《立つ像-ある子供》が展示されている。《Ruins》には、先ほどの陶作品《A tower of ruin》 のような直立する柱が、多数確認される。赤茶色から黄緑までの奥深い色を用いて、その独特な質感が味わえる。他方、画面右下に目を向けると倒れた柱が見える。この柱や画面奥の遺跡の輪郭によって画中に水平方向の線がもたらされている。柱や風景によって、縦横のラインが浮かび上がってくるのだ。さらに、白っぽいグレーで満たされた空と思しき画面上部は、よりいっそう整然とした印象を与えるだろう。
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