日本政府が新型コロナウイルス感染拡大防止のため、大規模なスポーツや文化イベントの自粛要請を行ったのが2月26日。そこから多くの美術館が休館し、イベントは中止となり、実空間でのアーティストの作品発表の場は減少している。
いっぽう世界各地では国、市、個人といった様々なレベルでアーティストに対する緊急助成金が立ち上がっているなか、東京都は「活動を自粛せざるを得ないプロのアーティストやスタッフ等が制作した作品をウェブ上に掲載・発信する機会を設ける」という支援策を打ち出した(ウェブ版「美術手帖」)。
そして4月24日、この東京都の支援策が「アートにエールを!東京プロジェクト」と題され、アーティストから「自由な発想を基にした動画作品」を募集、専用サイトで配信するという内容であることが明らかになった。動画作品を制作したアーティストやスタッフ等に対し、出演料相当として一人当たり10万円(一作品上限100万円)が支払われるこの支援策。対象作品は、5~10分程度の動画作品で、未発表の新作であることなどの条件が設定されている。
アーティストはこの状況下で何を思い、東京都のアーティスト支援策について何を考えているのか。東京圏で活動するアーティストに4の質問を投げかけた。
第7回はアーティストの磯村暖。
丁度、新型コロナウイルスの感染が拡大している最中にアメリカから日本に生活を移すところだったので変化の感じ方が複雑なのですが、時系列で思い出しながら書きます。
僕はAsian Cultural Councilの助成により2020年の3月までの半年間ニューヨークで生活していました。僕が暮らしていた頃はまだ他の地域よりもアジアでの感染者数が多く、2020年の1月中旬頃からマスクをしているアジア系の人を地下鉄などで見ると無意識に距離をとってしまっている自分に気づき、また同時に僕自身もアジア人として周囲から警戒心を持った態度をとられ居心地の悪さを感じ始めていました。2月頃からニューヨークの地下鉄でアジア人が暴力を受けたというニュースも複数聞くようになりました。しかしその時はまだニューヨークでの感染者数は0でした。
3月1日にニューヨークで初の感染者が出ました。3月7日にニューヨーク州のクオモ知事が非常事態宣言を公布し自粛ムードが広がりましたがアーモリー・ショーなどの大型アートフェアは通常通り開催されていました。3月9日に日本へ帰国するために乗った飛行機は見たことがないくらいガラガラで、僕の座席の周囲30人分ほどの座席が空席でした。帰国する数日前まではニューヨークよりも東京のほうが感染者の数が多く、帰国するのが怖いなと思っていたくらいですが実際に帰国した頃にはニューヨークの感染者数の方が多くなっていました。外出禁止令などで行動も制限されたり、共同住宅から退去を要請される人がいたり、ニューヨークの友人達からの連絡で混乱した様子を窺い知れました。身近なところでCOVID-19によって亡くなってしまった人達もいました。一方で僕が帰国した直後の東京は想像したよりも通常通りで驚愕しました。
帰国後すぐに予定されていた国内外での展示などの機会は御多分に洩れず延期やキャンセルになっています。日本ではロックダウン等はないものの、気づかぬうちに住んでいる新宿区から出ない生活を1ヶ月ほどしていました。
色々ありますが、個人的なところでは今まで仕事でもプライベートでも海外で過ごすことが多かったので今後しばらくは海外での活動ができないことが気がかりです。新型コロナウイルスが終息した後も以前と同じようには過ごせないだろうとも思います。その理由の一つでもありますが、新型コロナウイルスを隠れ蓑にして差別意識が発露、増長されていることも不安に思っています。
僕の身近なところでも新型コロナウイルスの話の時に国籍、職種、文化、年齢などの特定の要素を持つ人達を不当に非難する人達が少なからずいます。新型コロナウイルスが拡大する以前は、日常的に身の危険を感じるような恐怖心や、経済的な不安感を持つか否かの社会的格差等によって差別的な観念を持ちやすい状況、持たなくて済む状況が分かれていましたが、今は誰しもが差別的な観念を持ちやすい状況なのだと感じます。そのことは大きな危機ですが、他人に理性を求めるような議論をする上では前提が共有されて溝が少し埋まったのではないかとも思います。
東京都政策企画局のページを見ると、この支援策(芸術文化活動事業「アートにエールを!東京プロジェクト」)は個人向けとしては唯一「助成金等」に分類されています。他の職種に先立ってアーティストだけへ直接的な支援をすることはできないでしょうから、小規模な委託事業のような形で収入機会の創出をするという舵取りをしたのだと思います。
そこまで踏み切ってアーティストへの支援策を打ち出したことを喜ばしく思いましたが、残念ながらその支援条件から東京都が求める“アート”に偏りが読み取れます。
その偏りを批判する長文を途中まで書いていたのですがやめます。この支援策が広く新型コロナウイルスにより経済的損失を被ったアーティスト達を支援するための取り組みだという前提で書いていたのですが、東京都の発信する情報を読み進めているうちにそれが勘違いであると思ったからです。
プロジェクト内容や、東京都の期待するイメージ作品としてYouTubeにアップロードされている映像などを見ました。そこから推測するには、これは基本的には東京都が都民に気軽に芸術文化に触れる機会提供のために実施してきた、文化振興事業に登録されているヘブンアーティストのような人達を対象とした支援策だと思います。
僕は今、新大久保駅から徒歩3分の場所に新しくスペースをオープンすべく目下準備中です。「UGO」という名前です。龍村景一、丹原健翔、林千歩などのアーティスト達と共に運営していく予定です(他にも多くの人達が関わってくれています)。この新型コロナウイルスの影響でオープン時期も未定になってしまいましたし、やろうと考えていた活動内容も一から考え直す必要性が出てきました。けどやりたいことは尽きないし毎日楽しい気持ちと楽しみの気持ちで溢れ、希望boom boom buriburiって感じです🌺☺️💖
皆様状況が良くなってきたらぜひ遊びに来てください。
1992年東京都生まれ。2016年東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。2017年ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校第2期卒業(卒業時 金賞受賞)。近年の主な個展に「わたしたちの防犯グッズ」(銀座蔦屋書店、2019年)、「LOVE NOW」(EUKARYOTE、2018年)、「Good Neighbors」(ON SUNDAYS/ワタリウム美術館、2017年)、「地獄の星」(TAV GALLERY、2016年)。主なグループ展に「TOKYO 2021 -un/real engine ―― 慰霊のエンジニアリング-」(TODA BUILDING、2019年)、「City Flip-Flop」(空總臺灣當代文化實驗場、2019年)、「留洋四鏢客 」(TKG+、2019年)など。
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第1回:会田誠
第2回:百瀬文
第3回:Houxo Que
第4回:梅津庸一
第5回:遠藤麻衣
第6回:金瑞姫
第7回:磯村暖
第8回:高山明