いまから100年前、造園にかんする一流の学者が日本各地から集結し、計画された人工の森「神宮の社」。木々の成長にあたって人為的な手を加えず、唯一行うことは参道の落ち葉を森に戻すことだけ。いまでは約3000種の動植物が生息する、都市の中の安息地となっている。
2020年3月20日、この明治神宮の杜で芸術と文化のフェスティバル「神宮の杜芸術祝祭」がスタート。2021年3月31日までの約1年間、明治神宮の杜を舞台に様々な芸術・文化プログラムを開催されるこの芸術祭の中から、山口裕美プロデュースの野外彫刻展「天空海闊(てんくうかいかつ)」(3月20日〜12月13日)をレポートで紹介する。
今回は、原宿駅近くの南参道鳥居(第一鳥居)がスタート地点のコースを紹介。参道を歩いてまもなく登場するのは、ニューヨークを拠点とするアーティスト、松山智一の新作《Wheels of Fortune》(2020)。ステンレス製の本作は、神の使いとされ「鹿曼荼羅」など美術のモチーフでも用いられてきた鹿の角のかたちが主なモチーフ。そこに木々、銅鏡や車のホイールのイメージを組み合わせ、人工・自然を対比的に浮かび上がらせている。
「絵画の世界観をそのまま立体化するアーティスト、あるいは通底する概念を絵画や立体などジャンルレスに展開するアーティストの2パターンがあるとするなら、僕は後者。今回は、普段の自分の制作の延長線上で作品をつくりたいと思いました。4×3メートルの大きさの作品が森の中でどのように見えるかにも注目してほしいです」とアーティストは話す。
《Wheels of Fortune》のほど近くに佇むのは、同じく鹿がモチーフの名和晃平の新作《White Deer(Meiji Jingu)》(2020)。Reborn-Art Festivalでも話題になったアイコニックな「White Deer」を発見するには、「明治神宮ミュージアム」の建物を目印に。
インターネット上に現れた鹿の剥製を取り寄せ、3Dスキャンして得たデータをもとに制作された「Whiter Deer」は、Reborn-Art Festivalでは復興を願う象徴として発表。今回は、明治神宮の杜の鎮座100年を祝福するために人々を迎える。
「数年前から明治神宮で何か展示をしたいと話していたので、実現して感無量です。いまは、新型コロナウイルスの影響で世界中の人々が不安な時期だと思う。そんな時期に、この『White Deer』が前向きな気持ちになるような良い気を呼んでくれたらと思っています」。今回の《White Deer(Meiji Jingu)》のサイズで意識したことは「ヒューマンスケール」。森とともに迫ってくるような印象を目指したという。
《White Deer(Meiji Jingu)》を見たあとは、代々木口(北門)に向かって5分ほど散策を。すると木立の隙間から参道へと視線を送る三沢厚彦の白虎《Animal 2020-01B》(2012/19)が見えてくる。2000年より、動物の姿を等身大で掘る木彫シリーズ「Animals」を手がけてきた三沢。今回は本展プロデューサー・山口裕美たっての希望で白いトラをモチーフに「Animals」の新作を発表している。
《Animal 2020-01B》について三沢は次のように話す。「神宮の杜の素晴らしいところは、台風の倒木もそのままで極力人の手を入れず、自然を尊重しているところ。作品の周囲には、素材である木材と同種のクスノキがあり、設営時は、森に認めていただいているような不思議な感覚もありました。森の中の白いトラという、シュルレアリスム絵画のような不思議な光景を楽しんでほしいです。」
南参道鳥居から参道をまっすぐに進むと現れるのが代々木口(北門)。そこから3分ほど歩くと、船井美佐の《Paradise/Boundary-SHINME》(2020)を見ることができる。本作は、二次元と三次元の「境界」をテーマに、鏡やシェイプドキャンバスを用いたインスタレーションや線描のドローイングを制作してきた船井による2枚の鏡からなるインスタレーション作品だ。
神馬を奉納する絵馬の風習と明治天皇の愛馬「金華山号」のエピソードから想を受け、鏡面で馬をかたどった《Paradise/Boundary-SHINME》。船井は近年、「楽園」を鏡で描いてきたが今回の新作については次のように説明する。「この作品は2枚の鏡で構成しています。1枚目は絵馬の馬のポーズ、2枚目はナポレオンの馬に見られるような西洋の馬のかたちを投影し、東洋と西洋が交差する状態をつくり出しています。想像と現実をつなぐ穴がアートだと思うので、この作品を通して森を見て、ここから100年後の未来にも思いを馳せてもらえたら嬉しいです」。
プロデューサーの山口裕美は、本展が初競演となる参加アーティスト4名について次のように語る。「アーティストというのは、つねに長い時間軸で物事を考えていると思う。100年後のことを考え、素材にストイックで、明治神宮の背景を理解してくれる。そうした条件で思い浮かんだのが今回の参加アーティストのみなさんです」。
会場では、位置情報を利用したマップや作品解説を閲覧できるウェブサイト「AI NAVI Tenshin」も用意が。それらを参考に、四季折々の森の様子を楽しみながら作品を発見してほしい。
神宮の杜 野外彫刻展「天空海闊」
会期:2020年3月20日〜12月13日
会期中無休
時間:明治神宮の開門・閉門時間に準ずる
住所:東京都渋谷区代々木神園町1-1(明治神宮)
https://jingu-artfest.jp/