Tokyo Art Beat(TAB)は、主にアート・デザイン系のイベントを中心に掲載していますが、展覧会鑑賞チケットの割引クーポンを提供するiPhoneアプリ「ミューぽん」では、「Art」から 「Arts」へのチャレンジとして、シアター系イベントを掲載しています。普段はアートを見に行くことが多いTAB利用者のみなさんに、シアター系のイベントもご紹介したい! という思いのもと、これまで『吾妻橋ダンスクロッシング』や、『フェスティバル/トーキョー(F/T)』などをミューぽんとTABlogでご紹介してきました。
TABスタッフが今、最も注目しているのが、美術作家・やなぎみわさんが原案・演出・美術を手がける演劇作品『1924海戦』です。三部作で構成される本作品は、夏に京都にて上映された第一部『1924Tokyo-Berlin』に続き、この秋、第二部として『1924海戦』が、横浜のKAAT神奈川芸術劇場で上演されます。
写真や映像作品を中心に、国際的に活躍中のやなぎさんですが、今回は演出家兼舞台美術家として、シアターという新しいフィールドの中でどのような作品を展開されるのでしょうか。ワクワクした気持ちで、一足先にその舞台裏の様子をのぞいてきました。
まず、『海戦』とはどのような作品なのでしょうか? 初演が行われた大正時代まで時代をさかのぼります。
1924年6月、築地小劇場が日本初の近代劇場として幕を開けました。関東大震災から、わずか10ヶ月後のことです。当時の日本には、「演劇」といえば「歌舞伎」しかありませんでした。そんな中、のちの新劇運動の中心的人物となる土方与志(ひじかた・よし)と小山内薫(おさない・かおる)は、土方の留学経験を生かし、早急に西洋の近代演劇を自分たちの作品へ取り入れていきます。そこへ、前衛的な美術家として知られる村山知義(むらやま・ともよし)をはじめ、美術、音楽、文学など多彩な才能を持つ若者が賛同し、ぶつかり合い、旗揚げ公演として作り上げられていったのが『海戦』なのです。
今回のやなぎ版『1924 海戦』では、近代演劇の象徴とも言われる当時の築地小劇場を舞台に、彼らが作り上げた『海戦』を劇中劇として再現しながら、当時の熱気が描かれます。
今、時代を越えてこの作品をやなぎさんが作ることに、歴史的に大きな意味を感じます。明治に急激に輸入された西洋文化は、大正デモクラシーを背景に、モボ、モガという言葉がうまれるなど、それまでの日本文化とハイブリッドに取り入れられていきました。しかし、1923年に起きた関東大震災が、そんな時代の文化を一瞬に消し去ってしまうのです。ゼロの状態に戻ってしまった震災以降、ジャンルの壁を越えて新しい芸術を作り出そうという動きを起こしたのが、土方与志たち若者でした。その当時から87年がたち、さらに3月11日の東日本大震災から8ヶ月がたった今こそ、やなぎさんはこの物語を取り上げることに、意味を見い出しているのです。
劇場そして演劇は、さまざまなジャンルの人が出入りできる、サロンのような混沌とした場所であっていいのではないでしょうか。美術作家であるやなぎさんが、演劇を制作するという試み自体が、ジャンルを越えた芸術へのチャレンジといえるでしょう。
劇中劇として取り上げられている『海戦』の舞台セットは、過去の歴史を記録した資料をもとに、1924年初演当時の舞台美術家・吉田謙吉(よしだ・けんきち)によるデザインを再現しています。白黒の写真でしか残っていない舞台セットを再現するのは、非常に難しいチャレンジです。やなぎさんは、当時の表現主義の絵画などを見てイメージをふくらませながら舞台美術の再現に取り組んでいるそうです。舞台セットからは当時の様子が、明確に伝わってくることでしょう。
KAATは地域に根づいた劇場を目指し、学生インターンを積極的に取り入れたり、ワークショップなども頻繁に開催するなど、常にさまざまな試みをしています。今回も新しい試みとして、一般公募による参加者が本公演の舞台セットの一部を公演に向けて作り上げています。約1ヶ月間にわたり、やなぎさんとともに、舞台美術制作を体験するワークショップです。年齢も経歴もさまざま、主婦や学生の方もいるこのチームも、黒いTシャツとズボンに身を包めば、もう立派な裏方。舞台技術スタッフの指示を聞く真剣な表情には熱意が感じられ、「舞台が着々とでき上がる過程が楽しい!」と参加者のみなさんは語ってくれました。また、制作スタッフを目指している参加者は、このようにプロの仕事現場で実際に作業ができるチャンスを頂ける事は、将来に向けてとてもよい経験になると話してくれました。この日は、粘土のような材料でセットの凹凸部分を平らに埋めていく作業。自分の手だけを頼りに凹凸を探していく姿は職人のようです。
同時に、稽古場ではやなぎさんの指導のもと、役者による稽古が行われていました。また舞台美術製作室では、KAATの舞台技術スタッフが、高度な技術を駆使して、ワークショップで出来上がってくる土台の上に乗せる舞台セットを作っています。さまざまな場所で、さまざまな才能をもつ人が、たったひとつの作品の、一瞬の輝きのために、制作していることを改めて感じました。
演劇の魅力は、舞台上での一瞬のために命をかけるところといえるでしょう。作品制作に当たり、企画が立ち上がるのは一般的に公演の1年または2年前といわれています。その間に脚本を執筆し、スタッフやキャストを決め、稽古が行われます。このように膨大な時間と人間のエネルギーが注がれて演劇は作り上げられるのです。とはいえ、それらが日の目を見るのは、舞台上での一瞬だけ。その次の瞬間に は、もう消えてなくなってしまいます。同じものは二度と作ることも見ることもできない。そんな儚い芸術だからこそ、多くの人々を魅了し続けているのです。
1924年、美術と演劇と文学と音楽の垣根を越えて、新しいアートの時代を切り開こうという青年たちがいました。
時を経て2011年。もう一度、美術作家によるチャレンジとして、『1924 海戦』の幕が上がります。
『1924 海戦』の鑑賞割引は、「ミューぽん」にも掲載中。当日券を300円引きでご購入いただけます。
[執筆者]
竹島唯:87年生まれ。大学在学中にWellesley Collegeに留学。帰国後、国際基督教大学大学院に進学。修士1年生。研究テーマはブロードウェイミュージカルについて。留学中はTheatre Studiesを専攻し、某大劇場にてミュージカル制作助手や翻訳を経験。ミュージカルプロデューサーになるべく、日々勉強中。