4月25日から「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展」が六本木の森美術館で行われるにあたって、ニコラス・セロータ(テート館長)とリジー・ケアリー・トーマス (テート・ブリテン キュレーター)による24日のプレス発表と、25日のシンポジウムに参加してきました。モデレーターは南條史生(森美術館館長)。
みなさんも聞いたことはあるかと思いますが、一応説明しておきますと「ターナー賞」とは、ロンドンのテートギャラリーで1984年より毎年行われている、イギリスで活躍する若い現代美術家に与えられる賞です。そしてイギリスで活躍する作家を対象としている賞にも関らず、その受賞結果はイギリスのみならず世界的にも影響力を持つ有名な賞です。
そのターナー賞の遍歴を森美術館で展示することによって、『英国美術の現在史を日本に知らせよう』というのが今回の展覧会の意図のようです。英国でターナー賞は、チャンネル4という地元テレビ局がタイアップしているので一般市民にも認知されています。ある年は司会にマドンナが抜擢されるなど、画面の向こうから現代美術の華やかな世界をかいま見せてくれます。(マドンナは熱心な現代美術のコレクターでも有名です。)
毎年秋になるとテレビで放映され、市民たちは誰が賞を取るかを話題にし、新聞の批評欄をにぎわす。まるで秋の風物詩のようになっていると、笑いながらテート館長のニコラスさんは説明してくれました。電気のON,OFFを作品≪Work #227: The Lights going on and off≫にしたマーティン・クリードがノミネートされた時は、TAXIに乗り込んだニコラスさんをテートの館長と知ってか知らずか、運転手が車内の電気をON,OFFしながら「これがアートだぜ。」と説明してくれたそうです。
私は個人的に「繰り返しと認識」は「文化」という言葉のニアイコールだと感じているので、良いか悪いかは別として「文化」になっているんだと思いました。時代により賞の影響力や対象作家が変わってはきているものの、ターナー賞は「英国美術」を内側から活性化しよう、一般市民にも深く浸透させようという理念が続いています。では審査にあたり「英国美術」を形作っていくのは誰か?という定義が必要になります。ターナー賞の場合は英国を活動拠点に持つ作家で50歳以下が受賞対象です。
ニコラスさんは「ENGLISHであることが重要じゃない。BRITISHであるかが重要だ。」という内容の発言をしていました。なのでENGLISHではない高橋知子さんのような日本人作家をはじめ、ドイツ・オランダなど様々な国籍を持つ作家が「英国美術」を担う作家としてノミネートされています。「三世代つづけば江戸っ子!」というのが定番の考え方の私たちからすると、ずいぶん短い時間軸のように感じました。
そしてターナーの規定は無邪気な考え方というより、「英国美術」を効率的に活性化させるために方向付けられた考え方のように思いました。24日のプレス発表・25日のシンポジウムは、時間配分などが多少違いましたが内容構成はほとんど同じでした。英国近代美術とテートやターナー賞の歴史を簡単に振り返り、そして質疑応答という形です。ターナー賞の歴史だけではなく、英国近代美術を振り返る作業にも時間を費やしているところが、このシンポジウムの重要なポイントです。
シンポジウムでは現在のことを語っているのにも関らず、歴史の教科書を読んでいるような錯覚になるほど理路整然とした説明に驚かされます。この時に政権が交代したので、社会や美術界はこういった影響を受け、その結果こういうムーブメントが始まり…と社会と親密にリンクし、そして市民にも確実に影響を与えているという様な説明です。現代美術というのは社会や市民生活に不可欠な文化の一部だと語っているようです。
しかし一方で、「現代美術」が今日そのような位置づけになったのは、ターナー賞を始めとしたテートの活動やその他の評論・作家たちの一連の熱心な活動があったからだとも説明していました。あの評論雑誌が持つ意味合い、あの作家たちが行ったDIY、それをテートのキュレーターたちは重要だと知っていました。そしてキュレーターのリジーさんは、「この作品は、英国史のこの部分に入ります。」と、日本の私たちに説明してくれます。
現在を見つめ、歴史につむいでいくことも自分たちの仕事の重要な一部だと認識しているようでした。以前は作品を収集・保存・研究するだけだった美術館のキュレーターも、現代美術では生きている作家と関ることが多くなり、プロデューサー的要素も多くなってきたともお話していました。生きている作家の作品を美術館として取り扱えないという議論が持ち上がった時期もあったそうです。
「現代美術」が他の美術と決定的に違うのは、このような「今、私たちと共に生きている美術」である点と言えます。そのぶん、認識や消費される部分も早く移り変わってしまいます。ターナー賞は、作品一つだけが良いから受賞させようというのではなく、その前年度までの作家の活動を見て、英国美術史に必要かどうかを吟味してノミネートし、提出された作品はその年に見合ったものかを議論して最終的に賞を決めるそうです。
このシンポジウムでは、何度も英国史における現代美術の位置を自分たちで作っていると発言していました。作家が時代を具現化し、キュレーターはその道筋を見える形にする。それはとても重要なことだと思います。実際ターナー賞は、自分たちで作られたというにふさわしい変遷を遂げています。始めから今のスタイルではなく始まった当初は50歳以下という規定はありませんでした。そして絵画や彫刻ばかりがノミネート・受賞していました。
様々な批評や議論を受け、写真やビデオ作品がノミネートされる今のスタイルに近づき、不況によってスポンサーを失って賞の継続を断念した翌年からはチャンネル4とタイアップして、国民的な風物詩になっていったようです。そして皆さんもご存知のダミアン・ハーストを始めとするYBA(ヤングブリティッシュアーティスト)たちが活躍し、世界に知られる現在のターナー賞が確立されたのです。
個人的には、現代美術作家は自分の作品が歴史の道筋に置かれることは、ある一面において反発したい事実だとも思います。(作家はあまのじゃくでもあるし、現代を生きるということで芸術家でありえるので価値や普遍に対して反発したくなるのです。)しかし、その感情を含んでもターナー賞は意味のある賞だと思います。
では、みなさんも機会があればターナー賞の歴史が一同に見れる展覧会を体験してください。
作品なくては、展覧会も賞もありえないのですから。
yumisong
yumisong