世界のキュレーターらが語りあう「アートを“深める”とは?」。「国立アートリサーチセンター国際シンポジウム・ワークショップ2023」レポート #5

アーティストやキュレーター、研究者らが集い、アートに関する様々な課題について意見交換や議論が交わされた「国立アートリサーチセンター国際シンポジウム・ワークショップ2023」。各セッションやワークショップのレポートをお届け。

会場風景 撮影:仙石健(.new)

NCAR国際シンポジウム2023「美術館とリサーチ|アートを“深める”とは?」

⽇本における新たなアート振興の拠点として、「アートをつなげる、深める、拡げる」をミッションに掲げる国立アートリサーチセンター(NCAR)は、2024年3月22日、国際シンポジウム「美術館とリサーチ|アートを“深める”とは?」を国立新美術館(東京・乃木坂)で開催した。

シンポジウムでは、世界のアートリサーチを支える多様な拠点の活動事例を通して、各機関の特徴やユニークな取り組みを紹介。また、直面する課題を共有し、財源や人材獲得の方法についても触れながら、持続的な運営に向けた展望や、リサーチ資源をどのように公開し国際的にどう活用するか、といった問いも掘り下げられた。

◎パネリスト:
オズゲ・エルソイ(アジア・アート・アーカイブ シニア・キュレーター)
川口雅子(国立アートリサーチセンター 情報資源グループリーダー)
イ・デヒョン(Hゾーン設立者/ディレクター)
カラ・オリッジ(ゲッティ・リサーチ・インスティテュート アソシエイト・ディレクター)
マリ・カルメン・ラミレス(ヒューストン美術館ラテンアメリカ美術部門担当キュレーター/ICAAディレクター)

◎モデレーター:
片岡真実(国立アートリサーチセンター⾧)

左より、片岡真実、オズゲ・エルソイ、川口雅子、カラ・オリッジ、イ・デヒョン 撮影:仙石健(.new)

プレゼンテーション
アーカイブやリサーチにまつわる海外の事例を共有

国立アートリサーチセンターは、専門領域の調査研究(リサーチ)に留まらず、日本の美術館活動全体の充実に寄与することを目指して、2023年3月28日に創設された。活動の主な柱として「美術館の作品活用」、「情報資源を作ること」、「国際発信」、「社会連携とラーニングの充実」を掲げている。

「アートを深める」ためのリサーチや機能の拡充は、美術館にとっても不可欠だ。シンポジウムの前半では、世界各地から参加した登壇者らから、所蔵する施設の概要や活動事例が紹介された。

オズゲ・エルソイ(アジア・アート・アーカイブ シニア・キュレーター) 撮影:仙石健(.new)

たとえば、2000年に香港に設立された、アジアの現代アートに関する情報をアーカイブする組織「アジア・アート・アーカイブ(AAA)」は、アーカイブとライブラリーのみならず、展覧会、レクチャー、ワークショップ、国際的なアーティスト・イン・レジデンスのプログラムまで手がけるなど、多岐にわたる活動を行っている。

カラ・オリッジ(ゲッティ・リサーチ・インスティテュート アソシエイト・ディレクター) 撮影:仙石健(.new)

また、1985年に米ロサンゼルスに設置された「ゲッティ・リサーチ・インスティテュート(GRI)」は、石油王ジャン・ポール・ゲティの財団によるビジュアルアートのための私設研究所だ。100万冊を超える蔵書と、美術や建築に関する200万点もの写真、そして2万7000点もの版画作品などを収蔵する図書館、リサーチライブラリーは、世界的に知られているが、その資料群はデジタル上で閲覧することも可能。加えて展覧会の開催や、研究者への助成金、学生の奨学金制度など、幅広い事業を通して多くの研究者や学生らのリサーチ活動をサポートしている。

マリ・カルメン・ラミレス(ヒューストン美術館ラテンアメリカ美術部門担当キュレーター/ICAAディレクター) 撮影:仙石健(.new)

そして、1900年に設立された米テキサスの「ヒューストン美術館(MFAH)」が誇る、ラテンアメリカ・アートコレクションについては、担当キュレーターのマリ・カルメン・ラミレスがオンラインでプレゼンテーションした。自身がキュレーションを手がけた企画展や、同館が収蔵し、デジタルアーカイブも運用している、ラテンアメリカ・アートにまつわる1万点を超える一次資料についても紹介。同館はヨーロッパ絵画や装飾美術に加え、古代美術、前コロンビア美術、写真や現代美術など、非常に幅広い所蔵品と文献を収蔵している。

イ・デヒョン(Hゾーン設立者/ディレクター) 撮影:仙石健(.new)

いっぽう、韓国ソウルの「Hゾーン」設立者でディレクターのイ・デヒョンは、2020年に自身が手がけた、世界的なパブリックアートのプロジェクト「CONNECT, BTS」や、かつて在籍していた現代自動車(Hyundai)と英テートのリサーチセンター「ヒュンダイ・テート・リサーチ・センター:トランスナショナル」の取り組み、そして2017年の第57回ヴェネチア・ビエンナーレ韓国館のキュレーションなど、多数の国際的なプロジェクトにふれながら、より俯瞰した視点で美術館とリサーチの現在やこれまでを振り返った。そしてこれからのあり方について「境界線が私たちを定義づけるのか、それとも境界線を乗り越え、私たちが未来を形作っていくのか」と印象的なメッセージを会場へ投げかけた。

ディスカッション
海外への情報発信に課題 日本の美術館・博物館のこれからとは

多様な海外事例のプレゼンテーションを経た後半の冒頭は、モデレーターの片岡センター長から、香港AAAのエルソイと米GRIのオリッジに、美術館の機能と非常に密接に結びつく両者の取り組みについて、さらに具体的な事例を尋ねる質問からスタートした。

片岡真実(国立アートリサーチセンター⾧) 撮影:仙石健(.new)

エルソイは、デジタル化されたオリジナルのアーカイブ記録を一般公開するための取り組みとして、「M+」や香港大学美術史学科とアーカイヴ資料を共同管理していることや、シンガポールを拠点に活動していた物故作家のアーカイブを南洋理工大学シンガポール現代アートセンターやナショナル・ギャラリー・シンガポールと協業して収蔵し、将来的にパブリックアクセスできる体制も検討していること、また「M+」と市民とのワークショップの事例なども紹介した。

オリッジは、研究所設立の経緯が美術館が起点であることにふれ、展覧会や展示物に関する問い合わせの対応などでその活動をサポートしていることを紹介。また、ワシントンのスミソニアン博物館と協力体制を構築し、GRIはデジタルアーカイブを担当していることや、互いに人的リソースが不足するなかで協業することの恩恵を得られるよう取り組んでいることも明かした。

いずれも、国内の美術館や博物館であっても、可能なレベルから少しずつ取り組んでみる価値がありそうな具体例ではないだろうか。

川口雅子(国立アートリサーチセンター 情報資源グループリーダー) 撮影:仙石健(.new)

また、日本全国の美術館・博物館の収蔵作品のデータベース「全国美術館収蔵品サーチ『SHŪZŌ』」がリリースされた経緯や目的について、同センターの川口から、改めて説明がなされた。

すでに国内には、館を横断した所蔵品のデータベース「文化遺産データベース」が10年以上前から運用されていたものの、海外への情報発信に課題があった。とくに日本全国の美術館・博物館のコレクション群を海外へ発信していく必要性が高まるなかで、2021年、文化庁が実施する「文化庁アートプラットフォーム事業」の一環として、日本の現代アートに関する基盤情報を国内外へ発信するWebサイト「Art Platform Japan」を公開。合わせて「SHŪZŌ」もリリースされた。「SHŪZŌ」では現状、まず近現代の作品を対象に、全国の館に収蔵されている、国内外の作家の作品をデータベース化することから取り組んでおり、28万7000件を超える作品の情報がすでに登録されているという(2024年3月末時点)。

いっぽうで、データベース「SHŪZŌ」の今後の課題として、海外ですでに運用されている類似のデータベースとの連携や、英語での情報発信の強化や認知度の向上、また参加者からの質問にあった、データのタグ付けなど、検索時のユーザビリティ向上などが挙げられた。

会場風景 撮影:仙石健(.new)

最後に片岡センター長は、「展覧会の動員数やファンドレイジングの規模など、美術館の活動を“広げる”ことに目を向けるだけではなく、活動をどれだけ深めていけるか、細部に立ち入り丁寧に仕事をしていけるか、といった“深める”取り組みもとても大切であること、そして、対外的にそれらを伝え、美術館の活動のさらなる充実につなげていくことが非常に重要」と発言。2時間半にわたり活発なディスカッションが続いたシンポジウムは、大きな拍手で幕を閉じた。


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Naomi

アートライター・聞き手・文筆家。取材して伝える人。服作りを学び、スターバックス、採用PR、広報、Webメディアのディレクターを経てフリーランスに。「アート・デザイン・クラフト」「ミュージアム・ギャラリー」「本」「職業」「生活文化」を主なテーマに企画・取材・執筆・編集し、noteやPodcastで発信するほか、ZINEの制作・発行、企業やアートギャラリーなどのオウンドメディアの運用サポート、個人/法人向けの文章講座やアート講座の講師・ファシリテーターとしても活動。学芸員資格も持つ。